苦しみとはどこから生まれるのでしょう?
苦しみとは「ギャップ」から生まれてきます。
では、どのようなギャップをいうのでしょうか?
たとえば
「理想」と「現実」のギャップ
「考え」と「感じていること」のギャップ
などがそうです。
そのギャップが大きければ大きいほど
苦しみも大きく
縮まれば縮まるほど
苦しみが楽になってくるのです。
たとえば
本当は「自分の力を発揮したい」
でも「自分を主張できず空回りしてばかり」
本当は「みんなと仲良くなりたい」
実際は「声がかけられず、みんなの輪に入れない」
本当は「許せばいいことはわかっている」
実際は「つい冷たくしてしまう」
このように、考え通りに
実際の自分が動かない、動けない時に
苦しみは感じてしまいます。
自分次第ということならまだいいのですが
「病気を治したい。元気になりたい」
と思っていても
進行性の病気や負ってしまった障害など
自分ではどうにもならないことも数多くあります。
「こうありたい」という理想や希望と
現実とのギャップに
苦しみ、もがき続けます。
その苦しみの元となる
ギャップを縮めるにはどうしたらいいのでしょう?
方法は二つあります。
① 現実を理想や希望に近づける
② 理想や希望を現実に近づける
です。
ギャップを縮めると楽になるのですから、
どちらかが近づけばいいわけです。
できることなら①の方法で
ギャップを埋めたいところです。
ですが、自分ではどうしようもない現実を
希望や理想に近づけるのは
なかなか難しいことです。
変えられない現実だってあります。
するとできることは②の方法になります。
ただ簡単にできるのであれば、苦労はしませんね。
希望や理想を現実に近づけるのを
気持ちが抗うことが多いからです。
そんな時、できる行動は
苦しんでいることを
安心して話せる誰かに話すことです。
恐る恐るでも、少しずつでもいいのです。
「話したって何もならない」
と思うのは、
紛れもなくあなたの「思考」です。
現実が変化するしない
楽になるならないはいったん横において
まず苦しんでいる思いを話すのです。
話すという実際の行動に移すことによって
「感じていること」に
どんどんどんどん気づいていきます。
思ってもみなかった何らかの境地に至ります。
山を麓からながめて
頂上の景色を想像しているのと
実際に登って景色を見るのと
似たような違いです。
実際の景色、空気、感覚は
登ってみなければわからないことです。
話していくうちに
話す前とは何かしらの違い、
例えば感覚の変化や気付きがあります。
それは
「考え」と「感じていること」の
距離が近づいてくることからくるものです。
近づいた分だけ
苦しみが楽になっていくのを実感していくのです。