誰かに話すこと・語ることの意義

 

カウンセリングでは

必ず「人(カウンセラー)」がいます。

「人に話すのは苦手」と

尻込みしてしまう方もいると思いますが、

人が前にいるから話しやすいのです。

逆に、人がいなければ

なかなかできるものではありません。

単に人形や鏡に向かっては

話しはできないですし

できたとしてもなかなか続かないはずです。

 

 

名選手でも必ずコーチという存在がいます。

そのコーチは選手より上手いのでしょうか?

技術や能力があるのでしょうか?

そんなことはありません。

ですが選手が必ずコーチをつけるのは、

自分のことは自分で見えないからです。

そのために自分以外の誰かを

自分を知るために必要とするのです。

カウンセリングも同じです。

自分を知るためには自分以外の誰かを必要とするのです。

 

 

 

 

ただ「人に話すのは苦手」と感じるのは

これまでの経験で

話しをちゃんと聞いてもらえなかったり

話しても軽く捉えられてしまったり

話してもわかってもらえた感じが

しなかったのでしょう。

そのような経験は「話しても無駄だ」という

無力感におとしめてしまいます。

 

ですが、カウンセラーはまず

クライエントさんが

そのような気持ちにならないように、

敬意を持ってクライエントさんの話しに

耳を傾けること

クライエントさんが安心して話せること

何はなくとも一番の条件に考えています。

 

 

さて、ここから話すことの意義について

書かせていただきますね。

話し手は「これを話そう」と

思う部分をまず話します。

話すとは離す・放すともいえる行為です。

話すと何かしらの考えや思いが

自分から離れていったり放たれていきます。

感覚としては、緊張がほぐれたり

つかえが降りた感じがしたり

気持ちが楽になります。

 

すると、そこから

「話そう」と思っていた以外のことが出てきます。

話そうなどと思ってもいなかったことや

自分でも漠然としていたこと

心の底に沈んでいたことなどが

だんだん自然に出てきます。

どんどん「自分を語れる」

ようになってくるのです。

これが聞き手として

「人」がいることで起きることです。

もっというと、その相手が親や友達ではなく

「カウンセラー」という聞き手

であることの醍醐味です。

なぜなら、カウンセラーは

相手を聞かせていただくことに

特化して学んできたからです。

 

 

日常会話では相手の話しを聞いているときに

つい自分の経験談や

それに基づく思い、考えなどが

出てきてしまうことが普通です。

それが良いときもあるのですが、

話している人の気持ちを削いでしまったり

邪魔をしてしまうことが往々にしてあります。

 

相手をしっかり聞かせていただくには、

カウンセラーのありようとして

相手を邪魔することなくありのままに

自由に語れることを

尊重する姿勢であることが必要です。

ただ、これは実は

一朝一夕にできるものではありません。

一定の訓練が必要になってきます。

 

 

話しを戻しますが、

話した後「自分を語れる」ようになってくる。

その「語る」

「象る」に通じています。

はっきりしていなかったこと、

自覚していなかったことなどが

語るうちにある輪郭を帯びてくる。

もやもやしていたものがしだいに

言葉によって形作られてくる

それが語る=象るということです。

 

自分を語れると

言葉で象られた自分が見えてくる。

すなわち自分で自分の思いが

はっきりと見えたり

新たな気付きが生まれてくるのです。

 

カウンセリングが日常会話と違うのは、

この側面が効果的になされるからといえます。

どうぞ話したいことを

安心してお話しください。

話そうと思ったことを話せてから

話そうと思ってもみなかったところまで

運ばれていく新たな境地があります。

そこがカウンセリングの意義なのです。