目標の意味と目的の意味

 

目標と目的。

似ているようで、明確な違いがあります。

今日はその意味について書きたいと思います。

しかも、私のちょっとヘンな事例で書かせていただきますね。

 

 

我が家の近くに踏切があります。

自宅から一番近いスーパーにはその踏切を渡らなければ行けません。

踏切までの距離は測ったことはありませんが、約50mほどです。

目と鼻の先ではありますが、

自宅から出てすぐに踏切の音が鳴ったら

「あ〜間に合わない」と残念に思う距離です。

家を出た時に踏切の音が鳴ってないとラッキーと思うのですが、

欲を出して走り始め、すぐに踏切の音が鳴ったらそれでも間に合いません。

そんな悔しい思いを何度かしているので、

自分でいつの間にか焦らなくてすむ方法を編み出しました

(というほど大げさなものではありませんがw)。

 

それは、踏切よりもっと手前、

例えばマンホールの蓋とか何かの線とか、

本当に数歩程度ですぐにでも行ける距離のものをまず目指すのです。

そこを無事通り過ぎたら、すぐに次の目印を見つけ

「あそこまで早足で行ってみよう」と目指します。

3〜4個くらいそのように目印まで早足で行ってみて

途中で踏切が鳴れば、状況により

(早く買い物に行きたいかどうかということです)

そこから走り出すこともありますし

待つつもりでゆっくり歩くこともあります。

 

このやり方の何がいいかというと、

①目指す距離が限られているのでがんばりやすい 

②達成感を味わいやすい 

③もし渡れなかった場合もあきらめがつきやすくなる 

④エネルギーを浪費しないで済む 

などいくつかあると思っています。

 

50m先の踏切を目標にすると

やたら焦る気持ちになったり

達成率もちょっと下がってしまいます。

なにせ5歩程度の目標よりも遠いのは確かですから。

 

 

 

このように日常の中で

ちょっとヘンな工夫をしているわけですが、

ここで言いたいのは、

1.目標は容易に達成可能なものにして

 次々クリアした方がいい!という主張と

2.目標と目的の意味についての考察です。

 

私の事例の場合

目的はスーパーで買い物すること。

目標はその目的を達成するための過程(道のり)での目印です。

 

1については、私の例では文字通りの”道のり”ではありますが、

スーパーに行くまでに

50m先の踏切を渡ることを最初に目指すより

5歩先のマンホールや目印を目指し続けた方が

気持ちが楽で

かつエネルギーも維持され

いざという時は力が発揮できる、と

いいことづくめです。

 

 

2についてですが、

改めて目標と目的の違いと大切さ

書きたいと思います。

 

事例のように

「スーパーで買い物をする」という目的がなければ、

目標は意味をもちません。

目的がなければ踏切を渡らなくたっていいですし、

5歩先のマンホールを目指さなくてもいいのです。

「自分が何をしたいか」ということが目的となります。

そのためにがんばってみたり工夫してみたり、があります。

踏切を渡れなかった悔しさを味わったり、

気持ち良く渡るためにはどうしたらいいかを

考えたりもするわけです。

ですから、目的なくして目標はなく、

その道のりでの味わいも創意工夫もありません。

 

 

人生に置き換えてみますと、

これをやりたい、成し遂げたいという思いがあり、

それが行動の向きを決める、ということです。

スーパーへ行くために踏切へ向かうか、

別のお店に行くために踏切の反対に向かうか、です。

目的がなければ動きようがありません。

いえ、動いたとしても糸の切れた凧のように

ただフラつくのみです。

 

 

繰り返しますが

目的までの途中の目印となる通過点が目標です。

50m先の踏切を目標にするのか、

5歩先のマンホールを目標にするのか、です。

もちろん踏切を目標にするのもいいのですが、

その手前に容易に達成できる目標が複数あることで、

気力や体力の維持、調節もしやすくなります。

ひいては目的を達成しやすくなります。

そして何より

途中の目標までがんばったという達成感は、

万が一、目的そのものを果たすことができなくても、

自己肯定感を高めます。

 

 

 

 

 

最後に目的や目標を持つことの意味について

書きたいと思います。

「目的を決めた」

「目標に向かって歩いた」

その事実は、間違いなく自分自身に刻み込まれます。

自己決定したことと、

そこに向かって行動したことは、

人生を主体的に生きている現れです。

自分の人生を他人任せにせず

自分で舵をとっている、ということです。

 

結果が良かったにせよ悪かったにせよ

途中だったにせよ

その責任を自分が取っているという

自分に対する信頼感が育ちます。

目的を成し遂げることは大事ですが、

それ以上にそこに向かっている事実が大切です。

目的を成し遂げなかったから人生が終わりとか

駄目人間だということは決してないのです。

 

また、目的は変えたらいけない

ということはありません。

自分の目的とするものは、

年齢やその時の状況、

そして自己理解の深さなどによっても変わってくるものです。

今の自分に見合ったものに変えていいのです。

目的があることにより、行動の軸ができます。

そして、人生がより味わい深くなり、

自分の力を伸ばしたり

つなぎ合わせたりできるようになります。

より有機的に自分自身を生かしていくこと、

より人生を味わい深いものにするのが

目的の意味です

 

そして

目的までの過程を支えていき

向かうことそのものに

意味を見い出せるようにする。

その自分自身の支えともなるのが

目標の意味なのです。